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最後のメッセージ

 トモちゃんのうちには元気なおばあちゃんがいました。トモちゃんのママはとても忙しく働いていたので、おばあちゃんがママに変わって色んなことをトモちゃんに教えていました。その日おばあちゃんが気になったことは、トモちゃんの『握り箸』。おばあちゃんはいつもの様にトモちゃんと畳の部屋に正座しました。「トモちゃん、これを大きい方から順番にお箸でつかめるかな?」テーブルの上にのっていたのは、白豆、大豆、小豆、米の四つでした。トモちゃんはまず白豆を掴みました。次に大豆、そして何とか小豆も。けれど小さな米粒だけは、どんなに頑張っても握り箸では掴む事ができませんでした。するとおばあちゃんはその小さな米粒を楽々お箸で掴み、お皿に移しました。「どうやったの?」トモちゃんは目を丸くしました。「教えてほしい?」おばあちゃんがニッコリ笑うと、トモちゃんは頷きました。こんなふうにトモちゃんは、他にも沢山のことをおばあちゃんに習いました。綾取り、折り紙、お裁縫やお料理。どんな時もおばあちゃんは決して腹を立てず、トモちゃんの成長を見守っていました。

 

 そんなある日、元気いっぱいのおばあちゃんが、病気で寝たきりのおばあちゃんになってしまったのです。おばあちゃんはうまくお話ができなくなってしまいました。けれど、おばあちゃんの持つ温かさは前と変わる事はありませんでした。おばあちゃんは寝たきりでしたが前と同じようにトモちゃんの帰りを待っていました。トモちゃんも前と同じように毎日学校から走って帰ってきました。共働き家庭のトモちゃんにとって、誰かが待っていてくれる事が何よりも嬉しかったのです。「おばあちゃん、ただいま!」手を洗うとトモちゃんはいい事を思いつきました。『そうだ、リンゴの大好きなおばあちゃんにリンゴを剝いてあげよう!』トモちゃんが皮をむこうとすると「リンゴはね、皮と実の間に栄養があるのよ」というおばあちゃんの言葉を思い出しました。トモちゃんはリンゴを皮ごとすりおろし、おばあちゃんの枕元へ運びました。『ありがとう』とおばあちゃんは手を合わせました。『リンゴの皮のお話、覚えていてくれたのね』おばあちゃんの笑顔はそう言っているようでした。

 冬が近づいてきました。トモちゃんは、裸の木を見て、去年のおばあちゃんのお話を思い出しました「裸の木は死んでいるように見えるけど、寒い冬に見えないところで根を伸ばしているのよ。リンゴはね、枝を切り落として一回り大きく成長するの。人もリンゴと同じ。辛い思いや悲しい経験を沢山積んで、一回り大きく成長するのよ。」木の葉の絨毯は土になって、いつか新しい命に生まれ変わるとおばあちゃんは教えてくれました。春になると死んだように見えた山椒の枝から若葉が芽を出し、可愛らしい実を沢山つけるのでした。摘みたての山椒の香りと彩りが、ささやかな料理をひきたたせてくれました。トモちゃんはそのことを全て、おばあちゃんから習いました。そしておばあちゃんは幼い頃、おばあちゃんのおばあちゃんからそのことを習ったのでした。色とりどりの花の球根が、見えないところで春の訪れを待っていました。土の中には沢山の命が眠っている… 目をつぶると魔法のように、寒い冬が彩られていきました。

 

 ある朝トモちゃんが目を覚ますと、雪が一面につもっていました。日の光に照らされて、キラキラ輝く雪の道が空まで続いて見えました。「おばあちゃん、見て!」あまりの美しさに歓喜あまってトモちゃんは叫びました。けれど返事がありません。「おばあちゃん」もう一度トモちゃんはおばあちゃんを呼びました。おばあちゃんは天国へ行ってしまったのです。襖を明けると銀世界に照らされて、トモちゃんにはおばあちゃんがニッコリ微笑んでいるように見えました。トモちゃんはその笑顔から、おばあちゃんの最後のメッセージを読み取ることができました。『もうトモちゃんに教えることは何も無いから、おばあちゃんは安心して天国へいきます。』


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